カテゴリ
全体温故知新 Art & Document 記憶の中の風景 大正kai-wai 以前の記事
2026年 05月2026年 04月 2026年 03月 2026年 02月 2026年 01月 more... フォロー中のブログ
Coron's style未知を開く@道を拓く 日本庭園的生活 飽商909の"ナローな"... 近代建築Watch レトロな建物を訪ねて シェーンの散歩道 Books & Things 骨董うまこし モダン周遊 今が一番 Soul Eyes ♉ mototaurus... 感性の時代屋 Vol.3 獺祭亭日乗 偶然の出逢いを求めて 拾うたんじゃけえ!乙 夢をみたまえ描きたまえ 外部リンク
最新のコメント
最新のトラックバック
検索
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
「道行」北野恒富 北野恒富氏の「朝露」と云ふ作は叙説して見ると、これは元禄前後の時代かと思はれる。男女が相携へて死出の旅路に向かつて行く光景を二枚折の塀風半雙に描き、他の半雙には烏が啼いて飛ぴ行く所が描いて、暁の近さを示すと共に形勢の穏かならざる状を仄めかして居る。 大正2(1913)年、第七回文展の審査員を務めた松本亦太郎は、落選した作品、現在は「道行」(その当時は「朝露」)について惜しむように書き綴っている。 ・・・今しも男の肩から外れて脱ぎ捨てられた黒の羽織が女の鼠の衣服の邊に懸かつて地上に委棄せられんとする有様は、既に臨終の地點に達したるを示し、男の腰に落し差しにして居る朱鞘の一刀と女の繊手に掛けたる数珠とは断末魔の光景を眼前に揺曳せしめて居る。殊に若い女の蒼白なる顔面と其釣り上つた白眼勝ちなる眼球とは既に此世のものに非ず、懐恰の気人を襲ふ趣がある。画面全体淫廉の趣などは毒も之を認むるを得ず、寧ろ上品なる所があつて恒富氏の驚くべき手腕を発揮して居る作である。 松本亦太郎(1865-1943)は心理学者。京大、東大の教授を歴任して、日本における実験心理学を開拓したが、絵画にも造詣が深く、京都市立絵画専門学校校長も務めており、これは文展の審査基準に対する問題提起「文展日本画の鑑査及審査の心理」として書かれたもので、『現代の日本画』(大正4年刊)の中に収められている。 その後、文展に落選した「道行」は長い間、表舞台から姿を消すが、異色のコレクター、福富太郎の眼にとまる。 ・・・運びこまれた二曲一双の屏風をひろげてみて、息がとまるほど驚いた。男と女。それも心中直前の姿だろう。男の背に寄り添う女の、放心したような目。まるで人形のように生気のない横顔。どこを見つめるでもない二人の目が、彼らに未来がないことを暗示しているようでもある。男は手に数珠を持ち、その掌に女が手を絡ませる。指先に淡く紅がさされて、そこだけ温かい血が通う。生身のぬくもりが伝わってくる。 ほとんど松本亦太郎の解説の現代語訳のような感想を持った福富太郎は、即決でこの作品を自身のコレクションに加えたのだった。 展覧会や画集などで、恒富作品はかなり見ているが、この図にはまったく見覚えがない。これほどの傑作がまだ眠っていたとは。なんとしても入手しようと思った。 今日では主題が近松門左衛門の「心中天網島」であったこともわかり、現在、あべのハルカスで開催中の展覧会「コレクター福富太郎の眼」を代表する作品となっている。 展覧会に行ってきた後は、今一度『現代の日本画』と『近松傑作集』(大正8年刊)を眺めている今日この頃…
by sukimodern
| 2021-12-17 06:45
| Art & Document
|
Comments(0)
|




