1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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和歌山市駅前 <昭和の残像>

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 まるで東北や北陸などの雪国の商店街で見られる雁木のようなアーケード。
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 その昔、初めて和歌山市駅前に来た時に、南海電車のターミナル駅であるにもかかわらず、真ん前に、このような場末感たっぷりの味わい深い佇まいがあることに、むしろ感動さえ覚えたものでした…
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 現在、再開発工事中の和歌山市駅の殺伐とした風景をバックによくマッチしていると思います…

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 まだ解体される前の駅ビルをバックに…
 【Googleより】
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 【Googleより】
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 向かい側にあるアーケードも味わい深いです…
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 和歌山市駅の周辺には、他にも昭和レトロな佇まいがいろいろとありますが、最近では都心部にある駅のほとんどが高架駅になっている中で、駅近くの踏切からプラットフォームを望む、このような風景は珍しく、まさに<昭和の残像>と言えると思います…
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 さて、次回はかつて和歌山市駅から延びていた旧線の廃線跡を訪ねてみます…

 <2008年撮影>
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# by sukimodern | 2018-07-14 07:00 | Comments(0)

寄合橋 <昭和の残像>

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 偶然出会ったアール・デコ調の灯火の親柱のデザインに魅せられて、思わずシャッターを切ってしまいました…

 そんなわけで、とりあえずといった感じで、親柱の中に捨てられていたペットボトルもそのままに撮影しています。
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 和歌山市内の通りは基本的に碁盤の目のようになっているのですが、和歌山市駅前の大通りは対角線上にあったために、方角を間違えて歩いて行くと、そのまま、寄合橋に出くわしたといった具合で・・・
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 親柱をはじめ、全体をアール・デコ調にまとめたデザインは、統一感があってモダンでカッコよく、設計者はなかなかの実力者ではないかと思われますが…

 後で調べてみても、昭和16(1941)年1月に架設されたプレストレスト・コンクリート橋だということしかわかりませんでした。
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 太平洋戦争直前の物資の乏しい時期に施工されたためなのか、劣化が著しく、所々欠けていたりしてますが、補修して元の状態にすれば、見違えるようになると思われます。
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 江戸時代には橋の東詰に火の見櫓や番所が、西詰には高札場が設けられており、また、『紀伊国名所図会』にも描かれているように、寄合橋は重要な橋で、第5代藩主松平吉宗(後の第8代将軍徳川吉宗)によって、橋の近くに開設された紀州藩藩校学習館に通うために、多くの儒者たちが寄合橋を渡ったといわれます。
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 明治になると、学習館の跡地は雄尋常小学校となり、南方熊楠は寄合橋を渡って小学校に通い、また松下幸之助もこの小学校の出身なのだということです。

 このように歴史的な由緒ある橋にもかかわらず、朽ちてゆくのにまかせている状態というのは、とても残念なことだと思います。

 和歌山市内には和歌山県庁浜病院などの優れた近代建築がありますが、この寄合橋も貴重な遺産として大切に遺して欲しいと思います…

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(Wikipediaより)

 寄合橋が架かる紀の川支流の市堀川の河岸は昌平河岸(しょうへいがし)と呼ばれ、昔は幹線道路のひとつとして店が立ち並んでいたようですが、今も、なかなか渋い昭和の風情が残っています…
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# by sukimodern | 2018-07-12 07:00 | Comments(0)

和歌山軌道線 <昭和の残像>

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 以前は和歌山市内にも、チンチン電車と呼ばれる路面電車が走っていました。
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 明治42(1909)年の開業以来、市民の大切な足として働きましたが、他の多くの都市同様に自動車の増加による交通渋滞が深刻となり、昭和46(1971)年3月31日を最後に廃止されたのでした。
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 当初は新線開発ラッシュで華々しく幕を開けたものの、設立から廃線に至るまで相次ぐ合併や買収により、最後まで経営基盤が安定しなかった和歌山軌道線ですが、路面電車にしては珍しくパンタグラフを備えており、また、ヘッドライトが2つある風貌から「ケロヨン」電車の愛称で親しまれ、ファンも多かったようです…
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 現在、和歌山城隣にある岡公園に車両が展示保存されており、毎年5月5日のこどもの日には内部も公開されているようです。
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 隣にはSLの「C57 119」も展示保存されてました。
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 自然豊かな岡公園の丘に登ると…

 和歌山城天守閣の絶景が見られます…(^^)
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# by sukimodern | 2018-07-10 07:00 | Comments(2)

七曲市場 <昭和の残像>

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 “昭和の残像”を求めて、和歌山市内をブラブラと廻って来ました…

 「七曲市場」は関西ではレトロな商店街として有名なこともあって、色々なサイトで取り上げられています。
 どちらかというと、レトロ商店街特有の寂れた風情が味わえる営業時間外の紹介が多いような気がしますが、今回は、本来の商店街の姿を見るべく、土曜日の午前中に訪ねてみました。(本当は平日の午前中の方がいいみたいです…)

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 午前11時過ぎには、近所の買い物客や常連さんで賑わっていました…

 今日の大型スーパーでは見られなくなった、店の人と会話をしながら買い物をするという、昔はあたりまえの情景がそこかしこで繰りひろげられていて、周囲は懐かしい熱気に包まれていました…
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 私も何か買おうかと思いましたが、開いているのは生鮮食料品を扱う店ばかりだったので、やめておきました…

 全盛期には100軒余りも店があったようで、その当時はここに来れば、生活必需品の全てが揃ったのではないかと思われます。
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 さて、「七曲市場」のある場所は、江戸時代に鉤状に屈折した狭い路地があったことから七曲という地名がついたということです。

 明治時代に、この地にあった漁師小屋を芝居小屋にしたところ、これが大当たりで、周辺に食料品を扱う店や夜店など様々の店が集まってきたのが、「七曲市場」の始まりだったそうです。
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 その後、芝居小屋から映画館になっていた施設は昭和6年に全焼してなくなってしまいますが、市場はそのままこの地に残ります。
 しかし、昭和20年の和歌山大空襲で市場は全て焼失。

 再出発したのは昭和24年で、昭和32年には七曲商店街協同組合を設立して現在に至っているとのこと。
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 昭和の終わり頃までは、1日8千人といわれた買い物客で埋め尽くされ、なかなか前に進めないほど賑わったといいます。
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 11時半頃になると、さっきまでの喧騒がウソのように客足が途絶えはじめました…
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 帰途に向かう微笑ましい親子連れの後を追うように、私も「七曲市場」を去ることにしました…

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# by sukimodern | 2018-07-07 07:00 | 記憶の中の風景 | Comments(2)

「アラスカ」今昔

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 モダン・ムーブメントの最先端を行く建築として、センセーショナルに登場した「大阪朝日ビル」の最上階にあった、レストラン「アラスカ」。
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 三方、ガラスばりで、淡い秋の日が、室内に流れ込んでいる。昼餐の客は、もう悉く出ていってしまって、広い食堂の一隅に陣取っているのは、自分と他に二人の客があるばかりだ。
 淋しいが、また、しっとりした感じがして心持ちが落ち着く。ビールと海老のフライなどを注文しておいて、十階から、淀川を見おろす。今、少しばかり前に訪うた大阪市役所の屋根が眼下に横たわっている。

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 淀川の水は青暗い。その上を煙を吐く小蒸気船や、小舟が、すべってゆく。両岸の小家から、更に眼を北方に移すと、ここかしこに煙突が起っていて、濛々と煙を吐いている。この煙のために街上光景がくすんで見える。
 ~(略)~
 日本のマンチェスターであり、ベニスでもある大阪でなくては、こうした風景を見ることが出来ない。これを描くとするなら、構成派か、未来派か、ともかくもモダニズムの筆法でなくては表現しにくかろう。
 それとも思い切って、ダダイズムでゆくとするか。
 私は、じっと、淀川の方を見ながら、なお考え続けた。ボーイが持ってきた海老のフライを頬張りつつ。


「アラスカの十階から」高須芳次郎(『京阪百話』昭和8年刊)より
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 現在、中之島フェスティバルタワーの2階にある「アラスカ」は、老舗レストランとして上質で落ち着きのある雰囲気です。
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 85年間愛され続けてきた伝統の味わいをベースに、新たな息吹を吹き込んだ西洋料理。
 ということですが、ランチもあるので気軽に楽しめます…
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 「大阪朝日ビル」があった場所に建つ、隣の中之島フェスティバルタワー・ウエストから見た「アラスカ」。
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 中之島フェスティバルタワー・ウエストからは、高速道路越しに土佐堀川が見えますが、この風景などは、ダダイズムを受け継いでいますね…
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 この近辺、中之島フェスティバルタワーの壁面レリーフなどの野外芸術がなかなか充実しておりますが、大同生命ビルの前にあるこの女性像は、なんと!フランス近代彫刻の巨匠、アントワーヌ・ブールデルの作品、「自由」の像なんです。
 同じ像は、他にも箱根彫刻の森美術館などでも見ることができるようですが、こういうアート作品がさりげなく街角にあるなんて、大阪もなかなかの文化都市ではありませんか…!?
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# by sukimodern | 2018-07-05 07:00 | Comments(0)