1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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妹が垣根三味線草の花咲きぬ

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 『郷愁の詩人 与謝蕪村』は、それまでの正岡子規による自然主義的な評価とは別の “郷愁の詩人”としての蕪村の中に、みずみずしい浪漫性を見出した萩原朔太郎の著書です。

 表紙は川上澄生(1895-1972)。
 萩原朔太郎は<此の画家のもってる文学的郷愁が、僕のファンタジァと共通する><的確に自分の詩精神をつかんで表現してくれる・・・詩的精神の高く、秀れて居ることで、おそらく版画家中の第一人者ではないかと思う>として、川上澄生に表紙を依頼しています。

 表紙の蕪村の句「妹が垣根三味線草の花咲きぬ」について朔太郎は、
萬葉集の恋歌にあるような、可憐で素朴な俳句である。ここで「妹」という古語を使ったのは、それが現在の恋人でなく、過去の幼な友達であったところの、追懷を心象して居る為であろう。それ故に三味線草(ぺんぺん草)の可憐な花が、この場合の詩歌によく合うのである。>と述べています。

 まさにこの句は、
一言にして言えば、それは時間の遠い彼岸に実在している、彼の魂の故郷に対する「郷愁」であり、昔々しきりに思う、子守唄の哀切な思慕であった。実にこの一つのポエジイこそ、彼の俳句のあらゆる表現を一貫して、読者の心に響いて来る音楽であり、詩的情感の本質を成す実体なのだ。>という詩人蕪村を表わしているといえます。

 著作者と装幀者の蜜月の典型ともいえるこの本は、昭和11(1936)年の発行。

 本というものが、現在のように単なるメディアとしての情報伝達の手段であるだけでなく、どこかに手づくり感を残す工芸作品的な芳香を漂わせているようにも思えます…

 ちなみに、私はこの検印紙のデザインが気に入っているのですが、このデザインは初版だけで、再版の検印紙はまた別のデザインになっています。
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 川上澄生は<竹久夢二氏は私共のセンチメンタリズムの先生であった。
と述べているように竹久夢二と同じく詩人でもあって、詩と版画がひとつの画面で表現された『初夏の風』は、棟方志功が版画の道を志すきっかけとなった作品としても知られています。
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 同じように詩人でもあった恩地孝四郎は、朔太郎の第一詩集『月に吠える』の装幀を担当。
 朔太郎が亡くなった翌年には『「氷島」の著者(萩原朔太郎像)』を制作しています。
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# by sukimodern | 2019-02-21 07:00 | Art & Document | Comments(0)

細野ビルヂング

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 とにかく、カッコいいビルです…

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 かつて建設会社・細野組の本社屋として、1936(昭和11)年に建てられました。

 戦後は本社機能が移転したためテナントビルとなり、今は現代アートやアパレル関係の展示会などのイベントに使用されています…
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 当初は白タイルの外壁に覆われていたようですが、軒下に残るタイルが僅かに竣工当時の面影を伝えています…
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 隣にあった西六国民学校は、1945(昭和20)年の空襲で灰燼と化し、顕彰碑が建てられています。
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 周囲は新しいビルに変わっていますが、細野ビルヂングは、ぽつねんと残る時代の生き証人ともいえるレトロビルです…


# by sukimodern | 2019-02-18 07:00 | Comments(2)

『婦人朝日』(昭和21年4月号)

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 『婦人朝日』は戦前の昭和12年創刊の雑誌ですが、この号は戦後に復刊されたもので、その後、昭和33年12月には廃刊したとのこと…

 戦後すぐのわりには、なかなか粋なデザインの表紙は、山路真護(1900-1969)。
 山路は昭和5年から昭和7年までパリに滞在し、サロン・ドートンヌに入選してドランやキスリングと共に注目された画家で、帰国後は二科展を中心に活動する一方、雑誌『航空朝日』の表紙のデザインも担当していたとのことで、なるほどなぁと思った次第です。

 なお、当初の全日空のマークも山路のデザインとのこと…

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 しかしながら、お洒落なデザインではあるものの、戦前と同じようにタイトルなどの表記が右から左になっているように、この当時は戦後の混乱期でありました。

 巻頭グラビアには、その後に『二十四の瞳』を書くことになる壺井栄の「新しき女性美を」があって印象的です…
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 いま、私の机の上には幾枚かの写真がある。殆ど例外なく街頭の女性の今日の風俗を写したものである。その中で私の眼と心をとらえて離さぬ写真は、ただ一つ少女靴屋の姿であった。
 ~(略)~
 彼女のいでたちは帆布の胸かけ、前だれでズボンの足は男のようにあぐらを組んでいる。金しきを前に、打金、本ものの皮靴などがずらりと並べてあり、靴を縫う彼女の手は躍動している。
 それは男と同じ仕事に携わっていることへの確信にみちた姿であるしかもあぐらを組んだ足の丸みに、短く斬った断髪の乱れにまで女性としての健康美があふれているのだ。この美しさはどこからきているのだろうか。それは「戦時利得者」にも豪奢なオーバァにもさがし出すことの出来ない美であり、勤労者にだけ許された特配の美である。


 まだまだ焼け跡が残る食料難の時代でしたが、同じくグラビアページには「繊細な感覚を」と題した服飾の提案もあります…
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 この号の特集「新文化を語る」では、音楽と文学、そして絵画については、画家の猪熊弦一郎が語っています。
 内容的には、< 何を描いてあろうが、そんなことは気にしないでいい。美しいなあという、それだけでいいんですよ。~
というような初歩的なものではありますが…
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 連載小説「今ひとたびの」の三岸節子の挿絵からは、現代と変わらないくらいモダンなセンスを感じます。
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 こちらは木村毅の小説「茶器」の小磯良平の挿絵。
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 画家の黒田重太郎は、長年の配給生活が続く中で、芸術どころではない現状を憂いつつ、「生まれ出づる美」を執筆しています。
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 ところが食を追う必要なく、余裕があって美を求め、その価値を高め得る立場にある人は、およそ芸術的良心からかけ離れた生活をして来た戦争成金であって、彼等は根本的に美を追究する観念にかけ、ただ金利のみを追究して来た人間であり、真に美をよろこびその価値を高めるような人たちではなかった。彼等をよろこばす美は多く低俗なものにすぎない。


 日本は戦後の焼け野原から急速に発展し、20年後には米国に次いで世界第2位の経済大国になったわけですが、上記文中の<戦争成金>を<戦後の昭和から平成の成金>に変えてみても、そのまま現在にも当てはまるような気がします…

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# by sukimodern | 2019-02-15 07:00 | Art & Document | Comments(0)

ハイカラ非常階段「旧・明治屋ビル 」

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 先日、本町通と中央大通の間にある南本町の通りを、御堂筋の方からブラブラ歩いていると、堺筋の手前で、まるでニューヨークの裏通りにあるような非常階段があったので、思わず見とれてしまいました…

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 アメリカのTVドラマや映画で、刑事が犯人を追いかけたり、銃撃戦のシーンに出てくる建物の外側に取り付けてある階段で、”Fire escapes”と呼ばれているようですが、とてもカッコいいですね…

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 細部を見ると、手すりにも装飾がついているなど、なかなか凝ったつくりになっていて、ハイカラな感じがします…
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 建物もニューヨークにあるビルと同じようにレトロでいい雰囲気ですが、実は、1924(大正13)年にできた「旧・明治屋ビル 」なのです。
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 堺筋から見たコーナーにアールをとった外観が有名ですが、非常階段もこのビルの特徴の一つではないかと思います。
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 設計は曽禰達蔵(そね たつぞう、1853-1937)の曾禰中條建築事務所。
 曽禰達蔵は辰野金吾とともにジョサイア・コンドルに学んだ日本人建築家の第1期生なんですが、このビルを見ると、辰野金吾と比べてみても大分モダンなセンスを持っていたようですね…
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# by sukimodern | 2019-02-12 07:00 | Comments(0)

京風レトロ、いろいろ…

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 四条河原町の交差点、高島屋の前にそこだけ昭和時代にタイムスリップしたかのような店舗が並ぶ一角があります。

 手芸洋品店「新雪」は創業1945(昭和20)年。
 和菓子店「尾州屋老舗」は創業1941(昭和16)年。
 そして、「池善化粧品店」は創業1931(昭和6)年。

 髙島屋が烏丸高辻から四条河原町に移転してきたのは 1948(昭和23)年、その前からこの地で商売をしていたということなので、高島屋にへばりつくように建っているこの建物も、大正から昭和の初め頃にできたようです…
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 京都で一番賑わう繁華街の中心にもかかわらず、髙島屋がリニューアルされた後も、この一角だけは変わらずに元のままなのが、前回の「元・立誠小学校」同様に歴史を重んじる京都を象徴しているようにも思えてきます…

 また、髙島屋も外観はリニューアルされていますが、内部は昔の姿をとどめていて、いたるところで昭和レトロが味わえます…
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 そのほか、京都の街角レトロ、いろいろ…
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 澄み切った冬空のもと、陽光に浮かび上がる東華菜館の清々しさ・・・
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# by sukimodern | 2019-02-09 07:00 | 記憶の中の風景 | Comments(0)