1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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街角の彫刻 <土佐稲荷神社>

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 街なかをブラブラしていると、公園や広場などで、たまに目にする彫刻。
 これは土佐稲荷神社にある像で、戦没者慰霊のため、永劫の平和を祈って建てられたものだそうです…

 ふだんはあまり気にもとめませんが、神社の狛犬も彫刻作品ですね…
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 そういう意味で、神社は彫刻アートの宝庫と言ってもいいわけで…
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 改めて見直してみると、灯篭のレリーフにしても、面ごとにそれぞれのポーズなどが微妙に異なっています。
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 神馬像も立派です。
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 土佐稲荷神社の創建の由緒は不詳ですが、長堀川畔の土佐藩蔵屋敷内に古くから鎮座しており、天正年間の創建とも、明和7(1770)年に伏見稲荷を勧請したものとも伝わっています。
 明治初年に土佐藩蔵屋敷とともに岩崎弥太郎に譲り渡されましたが、岩崎弥太郎は当地で事業を営み、三菱の発祥の地となりました。
 境内は江戸時代より桜の名所としても有名で、宝井其角の「明星や桜定めぬ山かつら」の句碑があります。

 神社の隣にある西長堀アパートも土佐藩蔵屋敷内だった場所に建っており、かつてこのアパートに住んでいた司馬遼太郎は、運命的な縁を感じて『竜馬がゆく』を執筆したそうです…

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 すぐ近くには、好きなおかずを選んで食べる、昭和な大衆食堂もあります…

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# by sukimodern | 2018-09-16 07:00 | Comments(0)

街角レトロ <鶴見橋商店街>

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 古くからある商店街の医院といえば、洋館の場合が多いのですが、大衆演劇の鈴成座の近くにある元産婦人科医院の外観は、和風アパートのようでもあって、ちょっとユニークです…

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 昭和の風情を色濃く残す、鶴見橋商店街界隈・・・
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 昭和時代そのままの力餅食堂。
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 大阪で最も下町らしいと言われるだけあって、商店街を中心に周辺には、今も5軒以上の銭湯が残っています。
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 商店街の東端(1番街)。
 JALを思わせるマークが、やはり昭和センスで和みます…
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 向かい側は花園中央商店会。
 真東に見える・・・あべのハルカス。
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# by sukimodern | 2018-09-13 07:00 | Comments(0)

札幌の思い出

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 2009年、晩秋の札幌市時計台。
 “がっかり名所”などと言う人もいるようですが、周囲のビルが目立たないトワイライトの情景は、なかなかロマンチックで趣きがありました…

 強烈な台風が通り過ぎて…
 一段落したと思ったとたんに、北海道地震…

 そんなわけで、その昔訪れた札幌のことを思い出しました。
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 1878(明治11)年に札幌農学校(現北海道大学)の演武場として建設された札幌市時計台は、今年で完成から140周年を迎えています。

 現在は改修工事中で、外壁の塗装や部材を取りかえるため、外観が見えず、記念撮影も内覧もしばらくの間はできないようです。
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 そして…
 クラーク像のある北海道大学のキャンパスは近代建築の宝庫でした。
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 三岸好太郎美術館も見応えがありました。
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# by sukimodern | 2018-09-10 07:00 | Comments(0)

井尻珈琲焙煎所

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 「灯台もと暗し」とはよく言ったもので、すぐ近所にもかかわらず、つい最近までまったく知らなかった店です。

 もっとも、オープンしたのは2年前のことで、関西の情報誌”SAVVY”の表紙を飾ったりして、その当時は話題になっていたようです…
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 落ち着いた店の佇まいと珈琲の香り、レコードプレーヤーから流れる心地いい音楽が外の喧騒を忘れさせてくれます…

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 JR大正駅から歩いて30秒足らずの場所。

 すぐ近くには有名な沖縄料理店などがある飲み屋街ですが、そのギャップがまたいいのです…
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# by sukimodern | 2018-09-07 07:00 | 大正kai-wai | Comments(2)

大大阪モダニズムの窓

「松竹座ニュース」1925(大正14)年
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 “大大阪モダニズム”を伝えるのが、映画や芝居のニュースやポスターである。特に大正末から昭和初期の「松竹座ニュース」は、大阪松竹宣伝部の山田伸吉(一九〇三~八一)らが表紙を描いた。映画の場面のみならず、ウィーン分離派風やカンディンスキーの抽象、アーキペンコやブランクーシなど前衛彫刻をデザインに取り込み、原則的に墨版と色版一版の印刷だが毎回、色彩を変えてカラフルでモダンである。
「大大阪モダニズム ―片岡安の仕事と都市の文化―」図録解説より

 上図の「松竹座ニュース」と同じものは展覧会でも展示されていましたが、図録解説にもあるように、この表紙は前回の同じ1925年に刊行された、村山知義著『カンディンスキー』の図版の絵をデザインに取り込んでいると思われます。

「円の中の円」:村山知義著『カンディンスキー』より
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 他にも、1925年の「松竹座ニュース」をいくつか並べてみましたが、構成派、未来派、野獣派、表現派など、当時の様々な新興芸術を取り込んでいて、とてもバラエティに富んでいることがわかります…

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 松竹座はモダンでインテリのキネマ・ファンを集めており、毎月、松竹座ニュースを発行していた。淀川長治氏は、一九三三年にユナイテッド・アーチスツの大阪支社宣伝部に入り、夜は、松竹座の二階で雑誌ふうのパンフレットを編集していたという。映画というメディアによって、東京と大阪、さらに、ニューヨークやパリ、ベルリンなど世界中の都市が、二、三〇年代に活発に交流しあっていたことを思い出そう。松竹座は、大阪のモダニズムの窓だったのである。
海野弘著『モダン・シティふたたび』より

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 以前にも取り上げたように、映画解説者・評論家として有名な淀川長治は「松竹座ニュース」や「松竹座グラフィック」にかかわっていましたが、1925年当時は神戸の三中時代で、自伝の中で次のように書いています。

 私の神戸・三中時代は映画をあびるほど見た時代であった。いうならば今も映画はあびるほど見てはいるが、この三中時代には、映画の一本一本が全身にしみこんだ。

 活動写真が現在のように映画と呼ばれるようになったのは1920年代からのことで、まさに映画小僧だったこの時代が、淀川長治の原点と言えます…

 さて、1925年といえば、大大阪記念博覧会が開催された年だということも忘れてはなりません…
 大阪を代表する27のテーマをもとにした展示が話題を呼びましたが、この中には、もちろんのこと「キネマの大阪」もあって、松竹をはじめ日活、帝キネ、東亜の4社連盟の趣向をこらした展示は大評判だったようです。

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 そして、さらに私が付け加えたいのは、アール・デコ(Art Deco)という言葉の元になった通称アール・デコ博覧会が、この年にパリで開催されていることです。
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 精巧で官能的な装飾デザインだけでなく、コルビュジエのエスプリ・ヌーヴォー・パビリオンのようなモダニズム建築などもあって、その後の世界の芸術デザインの潮流の原点とも言えます。

 日本でもこの博覧会が契機となってできた東京都庭園美術館が有名ですが、この建物なども、東京と大阪、さらに、ニューヨークやパリ、ベルリンなど世界中の都市が、活発に交流しあっていたことを物語っていると思います…

※参考:「アール・デコの館」
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# by sukimodern | 2018-09-04 07:00 | Art & Document | Comments(0)